2013年「東京オリンピック開催の決定」で訪日外国人数1000万人達成し、その5年後の2018年には3,000万人を突破し、2020年の「東京オリンピック」には4,000万人を目標とし、益々「インバウンド」が盛り上がっています。

ところで、日本の外客誘致は、いまから100年前に始まっていたことをご存知でしょうか。
それは、1912(明治45)年ジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTBの前身)の活動によってスタートしました。

その当時の訪日外国人数は約2万人ということでした。つまり、この100年で市場が約1500倍に拡大したことになります!!

当時と今ではさまざまな面で大きく事情が違っていましたが、中でも大きく異なるところは移動手段です。

この当時は基本的に客船での来日でしたが、1940年代(昭和10年代後半)になってようやく航空機による移動が主流となってきました。(余談ですが、客船が基本であった頃の1912年の「タイタニック沈没」は有名な話ですね。)

従って、100年前の日本の玄関口は、成田や羽田ではなく、横浜や神戸でした。

さらにその当時はアジア系旅客よりも欧米系旅客が多かったこと、なかでもロシア人のシェアが多かったということです。当時の日本では、高速道路(1963年開通)も新幹線(1964年開業)なかったので、周遊型ではなく滞在型の旅行形態が一般的でした。

そのため、東京や京都といった大都市以外は、国内各地の温泉地や避暑地、また鎌倉や日光、宮島など主要な観光地の周辺に生まれつつあった外国人経営の洋式ホテルや日本式の温泉旅館に滞在していたようです。(1878(明治11)年創業の現在でも人気の富士屋ホテル(箱根・宮ノ下)は日本人経営による初めての本格的外客向けホテルです)

 

戦争時代を経て、1964年の東京オリンピックを前に、高速道路(1963年開通)や新幹線(1964年開業)ができ高度経済成長と突入していきます。
そして、いま私たちは2020年開催予定の東京オリンピックをひとつの目標として見据え、インバウンド促進を進めています。

こうして歴史を振り返ると、日本はすでに外客誘致に関してそれなりの経験を積み重ねてきたことを知ると同時に、いいことも悪いことも含め、これから先も似通った経験をしていくことになるのだろう、という気がします。